フォト

最近のトラックバック

ロブチェ・イースト2015

2015年6月 4日 (木)

ロブチェ・イースト 地震&帰国編

 エベレストベースキャンプ5364mで2連泊した後、カラパタール5550mに登頂してから帰国に向け下山を始める予定だったが、起床の5時半に降雪のためカラパタール中止の連絡があった。 テントから外を見ると雪とガスで真っ白になっていた。 深夜1時頃にトイレで外に出たときは満天の星で、アイスフォールにはヘッドランプの灯りも見えていたのに、とても残念だった。 起床は7時に変更され、7時半の朝食後、8時半にカラパタールの代わりのアイスフォール見学に出掛けた。

 

4月25日:エベレストBC(9:06)→ゴラクシェプ被災(11:20/13:30)→ディンボチェ(18:51)

 

Lf1_p1030636
アイスフォールの末端部を見学

 

Lf1_p1030644
9時にエベレスト&ローツェ登頂隊に別れを告げる

 

Lf1_p1030653
11:56ネパール大地震発生  休憩していたゴラクシェプのロッジから慌てて外に出た。 この後、エベレストベースキャンプを襲った雪崩の末端の暴風雪がやってきて、半パニックになった。

 

Lf1_p1030656
トゥクラの集落の地震被害

 

Lf1_p1030659
ペリチェに向かう予定だったが、ペリチェは被害が大きく宿泊できないとのシェルパ情報があり、急遽ディンボチェに向かう

 

Lf1_p1030660
ディンボチェのロッジに着いたのは、もう暗くなってからだった

 

 

4月26日:ディンボチェ(7:58)→ディボチェ(11:34/12:49)→ナムチェ・バザール(18:00)

 

Lf1_p1030675
落石で埋まった登山道は、余震がないことを祈りながら小走りに通過する

 

Lf1_p1030677
ナムチェ・バザールに到着したものの、宿泊しようとしたロッジは営業していない。 余震が怖くて、みな高台にテントを張り、避難していたようだった。

 

 

4月27日:ナムチェ・バザール(8:02)→ルクラ(17:40)

 

Lf1_p1030689
ナムチェ・バザールは建物が密集しているだけに、崩れている箇所も多い

 

Lf1_p1030691
登山道は崩壊して迂回しなければならない箇所があったが、吊橋はどこも渡ることができた

 

Lf1_p1030699
ルクラに到着しトレッキング終了

 ルクラの店舗の多くは閉まっていたが、建物に影響はないように見えた。 宿泊予定のロッジは営業しており、エベレストBCで別れた筈の2名が迎えてくれた。 負傷(打撲)して、ヘリで救助されたとのことだった。

 

 

4月28日:ルクラ滞在

 カトマンズへ帰るために6時から空港に詰めていたが、13時過ぎに、天候が悪くこの日は飛行機が飛ばないと言われ、ロッジに戻った。 

Lf1_p1030708

 

 

4月29日:ルクラ(9:30)→カトマンズ(10:30)

 ルクラの街はカトマンズに戻りたいトレッカーで溢れていた。 ロッジも満室で、飛行機が来ないと物資が不足してくるだろうと噂にもなった。 現地手配会社の提案で、ツアーメンバー6人揃って飛行機に乗ることは諦めて、一人ずつでも空席があればカトマンズに帰ろうということになった。 6人でくじを引いた結果、運よく、私が一番くじを引いてしまった。

 

Lf1_p1030713
航空機内

 

Lf1_p1030716
 空港からホテルまでの建物は鉄筋コンクリート造が多く、地震の被害はほとんど見られなかった。 ただ、公園などの広場では避難用と思われるテントが多く張られていた。

 

4月30日:カトマンズ滞在(飛行機遅延のため、ハイアット・リージェンシーへ)

 ルクラで残った5人のメンバーは、チャーター便を手配して、16時ごろ全員カトマンズに戻ってきていた。 ロブチェ登頂隊全員は、23:30発の便でカトマンズから脱出できる予定だった。 

Lf1_p1030738
 カトマンズの空港は混雑していたが、搭乗手続きは予定通り完了した。 搭乗ゲート前で待っていると、場内放送で、今日のフライトはないとアナウンスがあり、この日は航空会社の手配で、ハイアット・リージェンシーに宿泊することになった。 

 

 

5月1日:カトマンズ(14:30)→ダッカ→クアラルンプール(23:30)

 カトマンズの空港は駐機場が小さい上に、地震の影響で救援物資や救助隊を運ぶ航空機が優先され、旅客機がなかなか駐機できないと聞いていた。 昼過ぎになって、マレーシア航空が一機着陸し、その飛行機に乗ることができた。

Lf1_p1030744
4月30日14時半、定刻から15時間半の遅れで出発した。



2日:クアラルンプール(10:50)→成田(19:00)

Lf1_p1030766
飛行機の窓から富士山が見え、無事に帰国できたことを実感した。

2015年5月31日 (日)

ロブチェ・イースト登頂&エベレストベースキャンプ滞在編

 ロブチェ・イーストのベースキャンプ(BC)に到着してから登頂するまでには4日を要した。 高所順化を2日行い、3日目にハイキャンプ(HC)で宿泊、4日目に登頂してベースキャンプに戻るというスケジュールだ。

 HCは5300mと5700mの2か所設営され、下のHCは宿泊のためのキャンプではなく、ポーターがアイゼン、高所靴、ピッケル等の登攀用具を荷上げするためのものだ。 つまりBCからは無雪期の装備で登り、下のHCで厳冬期用に装備を整えてから登攀を開始し、上のHCで宿泊。 翌朝明るくなってから山頂に向け出発し、山頂を踏んで再び下のHCまで下り、登攀用具を置いてから、BCまで下山するという段取りだ。 

 

 

4月19日(高所順応1日目):ロブチェBC4900m(9:46)→5200m地点→ロブチェBC(13:01)

 

Lf1_p1030515
少し登ったところからロブチェBCを振り返る。 左奥がAG隊、右手前はラッセルブライス隊だった。

 

Lf1_p1030522
5200mくらいまで登り、BCに戻る

 

 

4月20日(高所順応2日目):ロブチェBC4900m(9:30)→下のHC5300m(12:50/14:10)→ロブチェBC(16:17)

 

Lf1_p1030554
高所順応2日目  下のHCからすこし登り振り返る(5350m?)

 

Lf1_p1030558
難所ではネパールガイドがロープをセットしてくれていた

 

 

4月21日(ハイキャンプへ):ロブチェBC4900m(10:30)→下のHC5300m(13:40/14:10)→上のHC5700m(17:39)

 

Lf1_p1030570
下のHCで登攀装備着用して、上のHCに向かう。 

 

Lf1_p1030572
上のHC到着

 

 

4月22日(登頂日):上のHC5700m(7:30)→ロブチェ・イースト6119m(11:55/12:10)→上のHC5700m(13:38)→ロブチェBC4900m(17:14)

 上のHCから先は、殆どのルートに固定ロープが張られていた。 アッセンダーを固定ロープにセットして、手すりを掴むようにしてゆっくりと登る。 段々傾斜は強くなり、山頂直下では40度程度の雪壁となり、息が追い付かず苦しくてなかなか進まない。 もう記憶もないが、最後に2~3人に抜いてもらい、登頂した12人中最後に登頂することになった。 

 

Win2
ロブチェ・イースト6119m登頂

 

Lf1_p1030586
BCに戻り、登頂を喜ぶ

 

Img017_2
後日送付された登頂証明書

 

 

4月23日:ロブチェBC4900m(9:20)→ゴラクシェプ5140m(13:03/14:00)→エベレストBC5364m(16:41)

 

Lf1_p1030587
ポーターが持ち帰った登攀用具や荷物を整理し、ロブチェBCを後にする

 

Lf1_p1030592
ゴラクシェプのロッジで昼食  背景はカラバタール5550m

 

Lf1_p1030598
エベレストベースキャンプ  端から端まで30分以上かかる

 

 

4月24日:エベレストBC滞在

 

Lf1_p1030603
我々のテント村

 

Lf1_p1030606
手前左はトイレ  汚物を持ち帰るために、下には容器がセットされている

 

Lf1_p1030611
アイスフォール

 

Lf1_p1030607
プモリ7165m  翌日の地震発生直後、この山の雪崩がエベレストベースキャンプを襲うことになった。

 

2015年5月29日 (金)

ロブチェ・イースト アプローチ編

 2007年にキナバル山に行ってから海外登山は10回を数えるようになったが、今までネパールには足が向かなかった。 ヒマラヤの名峰は眺めるだけで、登れる山ではないからだ。 昨年秋に、妻の勧めでアンナプルナ周遊トレッキングに申し込み、ヒマラヤを体感しようと思っていたのだが、出発数日前に現地で大規模な遭難事故があり、ツアーキャンセルになってしまった。

 この遭難事故を調べているうちに、確かに核心部のトロンパス5400m付近は魅力的に思えるのだが、谷筋を歩くのではなくピークを踏みたいという気持ちが強くなってきた。 ネットやパンフレットで色々と調べ悩んだ結果、自分でも頑張れば何とか登頂できそうなロブチェ・イースト6119mに挑戦することにした。

 

2015年4月9日:成田(11:00)→クアラルンプール(17:45/20:05)→カトマンズ(22:30)

Img_5343
エベレスト&ローツェ登山隊7名、ロブチェ登山隊7名、エベレスト展望ツアー5名が同時に出発した。

 

 

4月10日:カトマンズ滞在

 

Lf1_p1020964
カトマンズ到着の翌日は、のんびり散策

 

Lf1_p1020975
被災前のカトマンズを散策した

 

Lf1_p1020972
シヴァ寺院

 

Lf1_p1020987
旧市街

 

 

4月11日:カトマンズ(9:50)→ルクラ2840mで昼食(11:00/12:20)→パグディン2610m(15:25)

 

Lf1_p1030013
カトマンズから国内線で、登山口にあたるルクラに到着

 

Lf1_p1030028
ルクラのメインストリート

 

Lf1_p1030042
トレッキング開始

 

Lf1_p1030050
パグディン到着 ロッジの売店は品物が豊富

 

 

4月12日:パグディン2610m(7:19)→ナムチェ・バザール3440m(15:30)

 

Lf1_p1030076
このあたりはシャクナゲが満開

 

Lf1_p1030100
何度か吊橋を渡る

 

Lf1_p1030120
ナムチェ・バザール到着

 

Lf1_p1030126
ロッジは清潔だった

 

 

4月13日:ナムチェ・バザール滞在

 

Lf1_p1030143
前夜からの雪が雨に変わった

 

Lf1_p1030155
高所順応のために午後から少し登るが、ビジターセンターを見学しただけで、すぐに部屋に戻った。

 

Img_5351
登山家の大蔵善福さん、富士山登頂記録を持つ実川欣伸さん、なすびさんと

 

Lf1_p1030168
連泊のナムチェ・バザールでは、ヤクのすき焼きが出た。やんまぁさんと。

 

 

4月14日:ナムチェ・バザール3440m(8:10)→プンキ・テンガ3250m(12:36/14:08)→ディボチェ3820m(17:08)

 

Lf1_p1030176
コンデリ6168m  雨は止んだが天気は良くない

 

Lf1_p1030204
タムセルク6608m

 

Lf1_p1030212
アマダブラム6856m

 

Lf1_p1030258
人懐こい子供たち

 

Lf1_p1030265
休憩中

 

Lf1_p1030326
エベレスト8848m(左)、ローツェ8414m(右)

 

 

4月15日:ディボチェ3820m(9:58)→パンボチェ3930m(12:15)

 

Lf1_p1030346
体調不良により、昼食と夕食は一切食べられなかった。

 

 

4月16日:パンボチェ3930m(8:28)→寺院で祈祷(9:06/10:30)→ディンボチェ4410m(15:06)

 

Lf1_p1030352
祈祷

 

Lf1_p1030367
ディンボチェの集落

 

 

4月17日:ディンボチェ滞在

 

Lf1_p1030385
アマダブラム6856m

 

Lf1_p1030390
天気が良く、500ルピーでシャワーが浴びられた。

 

Lf1_p1030400
タムセルク6608m

 

Lf1_p1030405
ヒマラヤひだ

 

 

4月18日:ディンボチェ4410m(8:08)→トゥクラ4620m(11:31/12:46)→ロブチェBC4900m(14:43)

 

Lf1_p1030440
トレッキングルートの先に目指すロブチェピーク6145mが見えてきた

 

Lf1_p1030448
タウツェ6501m

 

Lf1_p1030449
アマダブラム6856m、遠くにカンテガ6685m、タムセルク6608m

 

Lf1_p1030512
ロブチェ・ベースキャンプに到着  後ろの山がロブチェ・イースト6119m

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

秩父・多摩

無料ブログはココログ