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2015年6月19日 (金)

阿弥陀岳(2015年6月16日)

 自宅近くの動物病院に愛犬を預け、久し振りに妻と二人で山小屋泊の登山に出掛けることにした。 仙丈ヶ岳と八ヶ岳で最後まで悩んだが、北沢峠は今の時期伊那からのルートしか開通していなかったので、アクセスの良い八ヶ岳に行くことにした。 美濃戸から阿弥陀岳、赤岳に登り赤岳天望荘で宿泊、翌日横岳、硫黄岳を縦走して美濃戸に戻るゴールデンルートを計画した。

 朝5:20に自宅を出て、予定通り8:30に美濃戸の赤岳山荘の駐車場に到着した。 天候は曇り、大気の状態が不安定で夕方から雨の予報だった。 ところが、行者小屋からポツリポツリと始まって、阿弥陀岳の岩場ではひょうが降り、山頂を踏んですぐに引き返すと土砂降りの雨になった。 赤岳に向かい文三郎道の分岐まで進んだものの、赤岳の岩場の通過が心配だったため、撤退することにした。

 

美濃戸・赤岳山荘駐車場(8:39)→行者小屋(11:00/11:19)→中岳のコル(12:22/12:29)→阿弥陀岳(12:58)→中岳のコル(13:42)→中岳(14:01)→文三郎分岐(14:26)→行者小屋(15:12/15:20)→美濃戸・赤岳山荘駐車場(17:07)

 

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美濃戸から南沢で行者小屋へ

 

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コイワカガミ

 

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行者小屋

 

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阿弥陀岳

 

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キバナシャクナゲ

 

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シオガマ

 

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阿弥陀岳

 

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文三郎道を下山

 

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再び南沢を通って美濃戸に戻った

 

2015年6月12日 (金)

山急山・五輪岩(2015年6月8日)

 上信越自動車道を挟んで裏妙義の向かいにあるこの山は、地図上に(危)マークや(迷)マークが幾つもあり、いつかは登ってみたいと思っていた。 みっちーの陥入爪の再発で、当てにしていた日和田山クライミングが中止になったため、代替案を色々と探した所、Becker氏、ユウコさん、妻、私の計4人揃って登る今一番最適な山はこの「山急山」だという結論になった。  

 

610mポイント登山口(9:13)→二又(9:30)→五輪岩分岐(10:24)→棚道祠(10:49)→山急山(11:08/11:29)→五輪岩(12:20/12:55)→610mポイント登山口(14:05)

 

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登山口からすぐに蔓植物の群生地となる

 

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稜線に出たところで、体に付いているヤマビルに気づき、払い落とす。

 

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やせ尾根

 

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棚道を回り込んでから山頂を目指す。

 

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山頂は狭く、展望もない

 

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クライムダウン

 

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五輪岩に行く途中にある奇岩

 

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五輪岩 到着

 

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五輪岩から見た山急山

 

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吸血して丸々と太ったヤマビル(下山後のBecker氏の靴)

 

 山急山は予想通り迷いやすい山だった。 登山道は落ち葉で消され、赤テープが頼りだったが、分岐の指導標がないため、どのルートを登ったのかは山頂に着くまで確信が持てなかった。 下山ルートも同様だった。

 

2015年6月 6日 (土)

御巣鷹の尾根(2015年5月31日)

 5月2日にネパールから帰国してから、暫く体調が優れなかった。 体重は4キロ程減り、毎朝の定期計測では70キロを割った日も何度かあった。 咳が酷くて喉が腫れ、医者にも行った。 時差ボケのようなフワフワとした気分がなかなか抜けず、なんとかしたいと思っていた。 そんな時、Becker氏から御巣鷹の尾根への慰霊登山の誘いがあり、体調に自信はなかったが、手を合わせるだけでもいいと思い行ってみることにした。

 

登山口駐車場(8:54)→昇魂の碑(9:33/9:59)→分岐(10:49/11:01)→高天原山(11:39/11:53)→分岐(12:28)→大蛇倉山(13:07/13:35)→分岐(14:00/14:09)→昇魂の碑(14:50/14:57)→登山口駐車場(15:26)

 

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登山口

 

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整備された登山道

 

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昇魂の碑

 

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高天原山頂1979mには三角点があった

 

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川上村レタス畑と、金峰山(左)、小川山(右)

 

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所々にシャクナゲが咲いていた

 

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大蛇倉山1962m

 

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山頂西側の岩峰からは、南アルプス北部、八ヶ岳、浅間山、西上州の山々が一望できた。

 

 この日は5月でありながら、東京都心で32℃を記録するほどの猛暑だった。 御巣鷹の尾根も2000m近かったが、急登も相まって大汗をかいた。 なまった身体にはきつかったが、やっと登山を再開する気分になった。

 

2015年6月 4日 (木)

ロブチェ・イースト 地震&帰国編

 エベレストベースキャンプ5364mで2連泊した後、カラパタール5550mに登頂してから帰国に向け下山を始める予定だったが、起床の5時半に降雪のためカラパタール中止の連絡があった。 テントから外を見ると雪とガスで真っ白になっていた。 深夜1時頃にトイレで外に出たときは満天の星で、アイスフォールにはヘッドランプの灯りも見えていたのに、とても残念だった。 起床は7時に変更され、7時半の朝食後、8時半にカラパタールの代わりのアイスフォール見学に出掛けた。

 

4月25日:エベレストBC(9:06)→ゴラクシェプ被災(11:20/13:30)→ディンボチェ(18:51)

 

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アイスフォールの末端部を見学

 

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9時にエベレスト&ローツェ登頂隊に別れを告げる

 

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11:56ネパール大地震発生  休憩していたゴラクシェプのロッジから慌てて外に出た。 この後、エベレストベースキャンプを襲った雪崩の末端の暴風雪がやってきて、半パニックになった。

 

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トゥクラの集落の地震被害

 

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ペリチェに向かう予定だったが、ペリチェは被害が大きく宿泊できないとのシェルパ情報があり、急遽ディンボチェに向かう

 

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ディンボチェのロッジに着いたのは、もう暗くなってからだった

 

 

4月26日:ディンボチェ(7:58)→ディボチェ(11:34/12:49)→ナムチェ・バザール(18:00)

 

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落石で埋まった登山道は、余震がないことを祈りながら小走りに通過する

 

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ナムチェ・バザールに到着したものの、宿泊しようとしたロッジは営業していない。 余震が怖くて、みな高台にテントを張り、避難していたようだった。

 

 

4月27日:ナムチェ・バザール(8:02)→ルクラ(17:40)

 

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ナムチェ・バザールは建物が密集しているだけに、崩れている箇所も多い

 

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登山道は崩壊して迂回しなければならない箇所があったが、吊橋はどこも渡ることができた

 

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ルクラに到着しトレッキング終了

 ルクラの店舗の多くは閉まっていたが、建物に影響はないように見えた。 宿泊予定のロッジは営業しており、エベレストBCで別れた筈の2名が迎えてくれた。 負傷(打撲)して、ヘリで救助されたとのことだった。

 

 

4月28日:ルクラ滞在

 カトマンズへ帰るために6時から空港に詰めていたが、13時過ぎに、天候が悪くこの日は飛行機が飛ばないと言われ、ロッジに戻った。 

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4月29日:ルクラ(9:30)→カトマンズ(10:30)

 ルクラの街はカトマンズに戻りたいトレッカーで溢れていた。 ロッジも満室で、飛行機が来ないと物資が不足してくるだろうと噂にもなった。 現地手配会社の提案で、ツアーメンバー6人揃って飛行機に乗ることは諦めて、一人ずつでも空席があればカトマンズに帰ろうということになった。 6人でくじを引いた結果、運よく、私が一番くじを引いてしまった。

 

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航空機内

 

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 空港からホテルまでの建物は鉄筋コンクリート造が多く、地震の被害はほとんど見られなかった。 ただ、公園などの広場では避難用と思われるテントが多く張られていた。

 

4月30日:カトマンズ滞在(飛行機遅延のため、ハイアット・リージェンシーへ)

 ルクラで残った5人のメンバーは、チャーター便を手配して、16時ごろ全員カトマンズに戻ってきていた。 ロブチェ登頂隊全員は、23:30発の便でカトマンズから脱出できる予定だった。 

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 カトマンズの空港は混雑していたが、搭乗手続きは予定通り完了した。 搭乗ゲート前で待っていると、場内放送で、今日のフライトはないとアナウンスがあり、この日は航空会社の手配で、ハイアット・リージェンシーに宿泊することになった。 

 

 

5月1日:カトマンズ(14:30)→ダッカ→クアラルンプール(23:30)

 カトマンズの空港は駐機場が小さい上に、地震の影響で救援物資や救助隊を運ぶ航空機が優先され、旅客機がなかなか駐機できないと聞いていた。 昼過ぎになって、マレーシア航空が一機着陸し、その飛行機に乗ることができた。

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4月30日14時半、定刻から15時間半の遅れで出発した。



2日:クアラルンプール(10:50)→成田(19:00)

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飛行機の窓から富士山が見え、無事に帰国できたことを実感した。

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